
1. 楽曲の背景と魅力
「自然は芸術を模倣する」という言葉があります。絵画が外界の風景に対する新しい視力をもたらすように、音楽もまた、私たちの身の回りにある音に対する聴覚を刺激して、新たな体験を生み出させることができます。一方、カッコウを例に挙げるまでもなく、数多の音楽家たちが鳥の声や自然音を単に模倣するにとどままらず、それを芸術の高みへと昇華させてきました。本稿でご紹介いたしますオリヴィエ・メシアンのピアノ曲「ニワムシクイ」は、まさにこの命題に対し、作曲家が独自のアプローチで回答を示した、示唆に富む傑作と言えましょう。
20世紀フランスを代表する作曲家であるメシアンは、鳥の歌を愛し、生涯にわたってその採譜と音楽への応用を試みました。「鳥のカタログ」や「異国の鳥たち」といった大規模な作品群はその代表例ですが、「ニワムシクイ」は、特定の鳥の声に深く耳を傾け、それをピアノ独奏曲として精緻に再現した一連の作品の一つです。この楽曲は、単に鳥の鳴き声を楽譜に写し取っただけのものではありません。メシアンは、ニワムシクイの独特の歌唱パターン、その強弱の機微、リズムの多様性を、彼独自の和声法、色彩感、非対称なリズム構造といった音楽語法を通して再構築しています。
この作品を聴くことは、私たちに新たな聴覚体験をもたらします。楽譜には様々な書き込みがなされており、そのフレーズが何を表しているのか、またこの部分は何の鳥の声なのか、といったことが記されています。夜の描写に始まり、波の音、高い山などもそれぞれにモティーフが割り振られています。鳥たちが活動を始め、ニワムシクイは真打登場といったていで登場します。そして昼を迎え迎え陽が傾いていき再び闇に包まれるまでが描写されます。とは言え、まず耳に飛び込んでくるのは、時に優美に、時に技巧的に繰り広げられる主役のニワムシクイの歌です。メシアンは、その歌の複雑な構造を、自らの耳で聴き取った記録をもとに表現しており、聴く者はまるで森の中に佇み、鳥たちの生命の営みに心を委ねるかのような感覚を覚えることでしょう。この静謐でありながらも豊かな音の世界は、日常の喧騒から離れ、精神を集中させ、内省を促す黙想的な時間を与えてくれます。音の一つ一つに耳を傾けることで、心が澄み切った状態へと導かれることでしょう。
念のため申し添えておきますが、なんの事前の知識もなく初めてこの曲を聴いたとしたら、まあ不協和音の連続で、節目節目で演奏されるクラシックらしい響きを別にすればとても音楽とは思えないかもしれません。私はかつてそうでした。でもある時ふと関心をもって聞き始めたところ、それまでと全く違って聴こえるようになってきたのです。(別に我慢して聴いていたわけではありません)。そうすると今度は自然の鳥の鳴き声が、一層音楽的な響き、歌として感じられるようにもなりました。新たな耳が開けて、ああ「自然は芸術を模倣する」のだなぁ、と得心しました。言い換えると、私たちは大自然の本当の素晴らしさのほんのわずかしか理解していない、ということなのでしょう。優れた画家や作曲家が新たな目や耳をもたらして、それに気づけるように助けてくれているのだな、と思っています。
2. 名盤の特徴
メシアンの「ニワムシクイ」は、演奏家にとって極めて要求の高い作品です。楽譜には、鳥の歌を再現するための膨大な指示が詳細に書き込まれており、ピアニストにはまず、これらの指示を極めて正確に読み解き、忠実に再現する技術が求められます。しかし、それだけではこの作品の真髄には届きません。
ここで重要になるのは、「自然は芸術を模倣する」という概念を、演奏家がいかに自身の音楽解釈に取り入れるかという点です。単なる鳥の鳴き声の模倣ではなく、そこに潜む自然の生命力、そしてメシアンが込めた哲学的な奥行きをいかに音として立ち上がらせるかが、名盤を決定づける要因となります。多くの名演奏は、楽譜の厳密な再現の上に、鳥の歌が持つ「呼吸」や「感情」のようなものを感じさせる、説得力のある揺らぎを付与しているように思われます。例えば、鳥のさえずりの繊細なニュアンスを、弱音域でのタッチの妙やペダリングの工夫によって表現する演奏は、聴き手に深い感銘を与えます。メシアンは僅かな揺らぎも正確に楽譜に定着させるタイプの作曲家なのですが、やはり演奏家によるニュアンスの違いは如実に感じ取ることができます。
本作品を深く味わうために、ぜひ先入観を捨てて耳を傾けていただきたいです。鳥の歌を写し取った音楽であるという知識は一旦横に置き、ただ純粋に、ピアノから紡ぎ出される音の連なりそのものに集中してください。そうすることで、単なる模倣ではない、メシアンが構築した独自の音の世界、色彩豊かなハーモニー、そして生命のリズムが心に響いてくるはずです。優れた演奏は、聴き手の集中力を自然に高め、静かで深いリラックス状態へと誘います。鳥の歌が持つ解放感と、メシアンの音楽が持つ精緻な構造が、絶妙なバランスで共存する演奏こそが、この「ニワムシクイ」を、私たちの心を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ますための稀有な体験へと昇華させてくれるでしょう。
3. おすすめの名盤





アナトール・ウゴルスキ メシアン: 「鳥のカタログ」全曲, ニワムシクイ<タワーレコード限定>
ニワムシクイならまずこれを聴け! といって過言ではありません。とはいえ3枚組で全てが鳥の声のピアノ版。一気に聴くのはハードかも。





児玉桃 鐘の谷~ラヴェル、武満、メシアン:ピアノ作品集
ラヴェルの<鏡>と武満の雨の木素描とともに。圧巻は30分を越えるニワムシクイ。キレのある演奏に拍手。

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