秋らしくなってきた今日この頃。冷静に、かつ情熱的に。ロドリーゴ:「ある貴紳のための幻想曲」

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初稿 2017/10/03

以前紹介したレスピーギの「リュートのための・・・」と同じテイストの作品です。こちらはギターが独奏楽器して用いられる小規模な協奏曲の様を呈しています。

秋の晩などに聴くと、ゆったりと穏やかな気分に浸れることでしょう。同時にとても熱いものを秘めています。心地よいです。

「貴紳」というのはWikiによると「宮廷に仕える紳士」ということだそうです。なるほど、非常にスマートで居住いの正しさを感じるシャンとした曲です。ロドリーゴのユーモアも垣間見れますが。

ロドリーゴといえば「あの」アランフェス協奏曲の作曲者ですが、この曲集の素材は17世紀の作曲家サンスの作曲した教則本の中の舞曲ということです。このあたりの発想もレスピーギの「リュート…」に似ています。ただレスピーギはリュート曲から弦楽合奏曲を創作したのに対し、こちらは、明確にギター協奏曲になっています。

村治佳織による第一楽章

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天才の最後から二番目の交響曲。その解釈をめぐって。テーマは「悲・喜」?「悲哀」? モーツァルト:交響曲第40番

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初稿 2017/08/07

「名曲名盤」という割にはマニアックな曲目に偏っているとの見方もあるこのサイト。ここらあたりで間違いのない名曲、モーツァルトの交響曲第40番にスポット・ライトを当ててみたいと思います(先回登場時は39番との比較でした)。それにしてもタイトルが長い!

ほぼイントロなしの冒頭のメロディーを聴けば誰もが「あぁ~」と知っている名曲中の名曲。「もの悲しいロマンティックな曲ね」、という感想が多いと思われます。では全四楽章よく知っているかというと意外にもというか「えっと、どんなメロディーだったっけ?」となってしまうことも。学生時代に友人が、ものの一分も聴かないうちに「もういいや」「えっ、なんで?」「いや、もう最初のテーマ終わったから」。おいおい・・・。

演奏にもよるのですが、じっくりと聴くと深~い味わいとともに謎めいた印象をもおぼえるこの曲。少し語らせてください。

リッカルド・ムーティによる、抑えたテンポの第一楽章

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夜の静寂をやさしく包み込む。レスピーギ:「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲

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初稿 2017/07/19

今年はいきなり秋がやってきました。秋は意外と雨の多い季節。夜の静寂をいささか執拗に打ち叩くように雨音が聞こえてくるのも、時には風情があります。何かと気ぜわしい生活の中で、心落ち着く良い響きです。今回紹介するのは同じように、騒ぎ立つ心を鎮めてくれる作品で、

  1. イタリアーナ
  2. 宮廷のアリア
  3. シチリアーナ
  4. パッサカリア

の4曲からなる組曲です。「リュートのための」となっていますが、これはレスピーギが古いリュートのための曲を編曲したもので、リュートは使いません。第3組曲は弦楽合奏あるいは弦楽四重奏の演奏もあるとのこと。

やさしく眠りにいざなってくれること請け合いです。

特に第3曲のシチリアーナは誰もがどこかで耳にしているはずです。

第3楽章 シチリアーナ

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重い気分からテンションを上げていきたいとき。ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

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初稿2016/06/27

重々しく始まり、軽妙洒脱に終える。気分転換にお勧めの曲です。

第5番で名誉を回復したショスタコーヴィチは、続いて第6番をリリース。

曲の始まりは晦渋に満ちた重々しい音楽が続きますが、第2楽章は軽快に、そして終楽章(3楽章形式)では、これはもう思いっきりふざけているとしか思えない。また批判を受けないように注意深く書かれているようですが、「なんじゃこの終わり方は?!」。突っ込みどころ満載です。

ヘッドフォン 第3楽章

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気さくで癒し系のバッハはいかが? J.S.バッハ「コーヒー・カンタータ(おしゃべりはやめて、お静かに)」

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この曲を初めて聴いたのは高校の音楽の授業の時だったと思います。バッハということで身構えていた生徒たち(私たち)は、曲と歌詞とのあまりの落差に椅子から転げ落ちた、というのは大げさ過ぎですが、翻訳の歌詞を見ながらくすくすと笑っていました。それほど、バッハというイメージからは程遠い歌詞でした。あっけらかんとした喜劇的な歌詞につけられたのは、まさに心洗われるような音楽だったのです。

バッハは、厳粛な宗教音楽をたくさん書いており、カンタータというと教会カンタータをイメージするほどです。一方、世俗カンタータという分野の、礼拝とは無関係の作品も残しています。その中でもとりわけ有名なのがこの、通称「コーヒー・カンタータ」です。本当の題名の方が「おしゃべりはやめて、お静かに」なのだそうですが、高校では正式の題名を聞いた覚えがありません。忘れただけかも?

作曲した経緯がまたふるっています。

「ああ、何てコーヒーはおいしいんでしょう。」ソプラノ:エリー・アメリング

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何かに立ち向かおうとするときに。ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

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初稿2016/06/25

クラシックと思って聴くと最初はとっつきずらいかもしれません。何度か繰り返し聴くうちに慣れてきて、そうなるとたいへん力強い意志を感じさせる曲だと思われることでしょう。通して聴くことで気持ちを前向きにし、勇気を与えてくれる交響曲です。それはベートーヴェンの交響曲第5番にも匹敵するでしょう。

苦悩する一人の作曲家がいました。その名をショスタコーヴィチ。彼は体制の弾圧の中でもがき苦しみながら命の危険すら感じつつ作品を生み出し続けた、そう受け止められているはずです。それもまた事実ですが、一人の作曲家としての彼のイメージを幾分歪めているように思えます。

ヘッドフォン 第4楽章

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スティーブ・ライヒの世界-その7。光を探し求めて。ライヒ:「砂漠の音楽」

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だんだんと陽が短くなり始め、肌寒い日もでてきました。あんなに夏の暑さに苦しめられたのに、やはり寒くて暗いのは苦手だなぁと勝手なことを思ったりします。そんな中、苦悩の内に一筋の光が差してくるような音楽を一曲。

ライヒ(そろそろ正しい発音、ライクとすべきかもしれませんが)のオーケストラと合唱のための作品です。最初期にはセリフが音楽に昇華されていましたが、パルスが重要な位置を占めるようになってからは、「声」が言葉ではない「音」として使われる作品に移行していきます(「18人のミュージシャンのための音楽」など)。それがこの作品では歌詞を持った「歌」が楽曲の中心をなしています。もちろんパルスも発声するのですが全体から見るとそれはごく一部です。

抜粋です。Iの終わり近くからⅢaが始まるところまででしょうか。

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ピアノの様々な技巧を楽しむ。ショパン:エチュード 作品10

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練習曲なのに癒される。癒されるというより高揚させられるといった方が正確かも。

エチュード、つまりピアノの練習曲なわけですが、たいへん聴きごたえがありレコーディングも活発に行われています。ショパンの書簡によるとこの曲集は「画期的な練習曲」として書かれました。ショパンの言わんとしていたこととは違うかもしれませんが確かに画期的な練習曲ではあります。というのも、練習曲でありながらピアノ曲としての完成度が非常に高いということです。

ちなみにショパンのエチュードには作品10と作品25の二つの作品があります。今回は作品10についてです。

聴いていると確かに練習曲として書かれていることがよくわかります。一定のパターン、指の動き、左右の手の配分など緻密に計算されていることが聴き取れます。ショパンは音楽教師として生活していた時期もありますし、ピアニストに対する愛情が彼のどの曲からも感じられます。それは練習曲に限らず、ピアニストにとってより良い技巧を身に付け、難しい曲もただ単に難しくしているのではなく、表現力豊かな演奏に導くように書かれている、そんな風に感じます。加えて、他の楽器ではなくピアノでしか表現できない曲作りが、彼をして「ピアノの詩人」と言わしめているのでしょうね。

いかにも練習曲らしい第一曲。ポリーニの演奏

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