名曲とは何か?いろいろな考えがあると思いますが、聴くたびにはまっていき、なかなか飽きが来ない曲、そんな定義もできるかもしれません。ヒンデミットのこの長いタイトルの曲は交響曲「画家マティス」に次いで良く演奏される曲目です。ウェーバーのテーマがあるのでより古典的で聴きやすい、というのもあるかもしれません。とは言えヒンデミット、一回聴いただけで全容はつかみきれません。だけどなんだか元気が出てくるんですよね。
奇妙な第二楽章「トゥーランドット」。この後リズムがジャズ風に…
長いタイトルと書いたものの、原題は「Symphonische Metamorphose von Themen Carl Maria von Webers」となります。長いって思ったらウェーバーの名前は正式には「カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ウェーバー」だそうです。ヒンデミットも省略していたんですね。この曲を聞いてウェーバーの原曲を思い浮かべる方がいたら相当のマニアだと思います。それくらいマイナーなところからのテーマの借用です。
交響的変容という表現が示している通り変奏曲に近いものがありますが、テーマと幾つかの変奏、という明確な形ではなく、様々なオーケストレーションのテクニックを駆使してじわじわと曲が変化し発展していく、そんなイメージです。まさに変容。曲全体の様相が変転していく楽章もあれば、曲調そのものは変わらずアレンジで聴かせる楽章もあり、聴き込むと色々な発見が楽しめます。
各楽章は短くて全体でも20分強。ヒンデミットの曲としては聴きやすいとはいえ生演奏でもない限りその魅力は一度ではわかりにくいかも。しばらく繰り返しているとリズムとか構成とかが頭に入ってきて「あれ?面白い?」ってなるかな?ならないかな?全体に管楽器が巧みに使用されていて華々しく活躍します。
第1楽章 アレグロ(Allegro, tutto ben marcato)
この楽章を聴いても原曲の想像がつきません。力強く進行するオーケストラ。重々しいドラム。序曲風でもあり、終楽章と同様行進曲のようでもあります。リズムの取りにくさは恐らく意図的で、拍の表裏というんでしょうか、強拍弱拍が入れ替わり、平易なメロディーのはずがなかなか全容がつかめません。厳しさを感じる曲調ですが、可愛い「合いの手(~鳥音頭?)」が入ってきたり、ファンファーレ風の曲想になったり、木管楽器の細やかな動きになったりと、かなり目まぐるしい感じです。これらの要素がねじれたようにつなぎ合わされて展開していきます。繰り返しはあるものの全体的な構成感はなく終盤はリズムもメロディーも自由に発展し始めると思う間もなく、唐突に終わります。
第2楽章 「トゥーランドット」 スケルツォ、モデラート
劇付随音楽からの引用。印象的なメロディーは西洋音楽としては非常に違和感のあるもの。既にお馴染みのプッチーニのオペラで有名な「トゥーランドット」は中国のお姫様ということでこんな主題なんですね。ただこのメロディーはウェーバーが「音楽辞典」の巻末譜例の中から引用した「中国の歌」で、それをヒンデミットがまた引用したわけですね。というわけでウェーバーのオリジナルではないテーマが使われているという状況そのものも奇妙です。
いかにも中国な鐘の音に続いて流れる中華風のテーマ。でもなんだかよじれていますね。第2楽章はほぼこのメロディーが繰り返されていきます。管弦楽のための協奏曲のように楽器から楽器へと主題が渡されていきます。そこに様々な楽器が奏でるトリルが彩を添えていますが、だんだんとけたたましく変容していきます。そして最初のクライマックスで西洋音楽に逆戻り。と何とお次はジャズのリズム?この曲は1943年に亡命中のアメリカで書かれましたから、そのあたり影響があったかもしれませんね。トロンボーンとトランペット、そしてティンパニが活躍します。終わりの方では主題の最初のみが繰り返され、ミニマル風でもあり楽しいです。最後はティンパニがテーマを鳴らしながら静かに消えていきます。
第3楽章 アンダンティーノ(Andantino con moto)
静かで穏やかな楽章。クラリネットで始まる主題はシンプルで美しいもの。バソンと交互に吹奏します。続いて流れるメロディーはやはり拍子が取りにくいですが実は単純な6/8拍子で、優しさにあふれています。テーマの演奏に絡めて様々な助奏が付されていきます。哀しさ、優しさ、そして慰めを感じます。
第4楽章 行進曲(Marcia maestoso)
勇壮な行進曲。金管の短いファンファーレで始まる。リズムが細かいので行進曲というよりも小走りしているように聴こえます。古い演奏ではとても遅いテンポで実際に歩いているような演奏もあります。でもそれだと非常に間延びした気の抜けた感じになってしまいます。実際のところ比較的最近の演奏はみな一律に早めのテンポです。もしかすると作曲者の意図としてはこの速いテンポで二倍ゆっくりと歩くイメージなのかもしれません。メロディーを口ずさみながら、のっしのっしと歩く姿を想像するととてもよくはまります。荘重にして威厳のある行進です。
重々しくずっしりとした第一主題に続いて明るくうきうきとした第二主題がホルンで奏されます。爽やかで力が沸き上がって来る気持ちがします。要素的には非常に限られていますが、それらがヒンデミット一流の職人芸により、巧みなオーケストレーションを経て一気呵成に盛り上がっていく様は見事というほかありません。
紹介
名曲としての評価は固まっているものの超メジャーとも言い難く、特に最近の演奏は限られています。幸い名盤といえるものが再版を繰り返していますので、そちらがお勧めです。それとともに最近聴いた中でなかなか素敵な演奏を見つけましたのでご紹介したいと思います。
クラウディオ・アバドのデビュー間もないころの演奏です。アバドは若い時からアバド。すごい人です。この演奏は1968年という古い録音でありながら、廃盤になっても繰り返し版が重ねられてきました。デッカ ザ・ベスト1200に選ばれている名盤です。カップリングされている曲が20世紀の古典曲であるのもうれしいですね。聴きやすい現代曲(当時の)として選ばれたでしょうか。
こちらが比較的新しい2012年の演奏。ヒンデミット没後50年を記念してリリースされました。こちらはヒンデミット作品で固められています。明るい曲調が多いということで組まれているのではないでしょうか。レーベルとしては「ヴァイオリン協奏曲」を推しているようです。「難解」として知られる曲のようですが演奏者がいいのか私もはまりつつあります。ジャケットには「MIDORI」なんて書いてありますが「あの」五嶋みどりです(いいのか?MIDORI?)。この人の現代曲の演奏は(も)、素晴らしいです。ピアニスト出身のエッシェンバッハは楽譜から誠実に音楽を紡ぎ出す人だと思っています。自分をひけらかさず演奏者たちを立てつつ作曲者の意図をしっかり汲み上げる、そんな感じ。「協奏音楽」もなかなか楽しいです。もし聴きづらければ「交響的変容」を繰り返し聞いてみてください。そうするうちに他の2曲の景色も見えてきます。音楽の新しい楽しみを見つけるのは喜びです。
タワーレコードと同じCDですね。少し安かったので紹介します。