今回紹介するのはピアノ組曲の方です。ラヴェルは後に四曲を選んで管弦楽版を作成しました。それにしても、題名に「墓」って入っているの、何やら普通ではないですよね?
ピアノ組曲は、「前奏曲」「フーガ」「フォルラーヌ」「リゴドン」「メヌエット」「トッカータ」の六曲からなっています。そしてラヴェルの最後のピアノ独奏曲となりました。
演奏者がわかりませんが抑えの効いた演奏で、ラヴェルの意図をよく反映していると思います。
問題の「墓」ですが、実はこれが大変な誤訳だったのです。
結論を先に述べますと、これは「クープランを称えて」、あるいは「偲んで」、と訳さなければならなかったのです。ドビュッシーには「ラモーを称えて」という曲がありますが、こちらは「オマージュ」という単語なので誤訳を免れています。ラヴェルが用いたのは「トンボー」という単語で、文字通り「墓」を意味する単語なので仕方ないと言えば仕方ないのですが…。
ラヴェルはクープランを大変尊敬していました。(ちなみにクープラン家はあのバッハと同様音楽一家だったように、単に「バッハ」と言うときは「ヨハン・セバスティアン・バッハ」を指すように、単に「クープラン」と言うときには数多いるクープランの中から「フランソワ・クープラン」のことを指します)。クープランと言えば18世紀にかけて活躍した大作曲家です。そしてその時代のフランスでは「トンボー~」というと「~礼賛」という共通の理解があったのですね。それでラヴェルはこの時代のフランス音楽に対する敬意をクープランに託して題名を付けたというわけです。
クープランはクラブサン(大雑把に言えばチェンバロ)の大家で、奏法についての著作もあるとのこと。ラヴェルの曲はチェンバロで弾くにはダイナミクスが大きいですが、「トッカータ」を別にすればかなり繊細です。全般に古楽の響きが感じられます。といってもラヴェルですから仕掛け満載といったところでしょうか。
前奏曲:曲の出だしにすでにしてクラブサンの響きが感じられます。乾いた響きです。甘ったるくなくそっけない感じ。装飾音符の弾き方については但し書きがあります(他の曲にもあります)。拍の始めに装飾音の頭が来なければなりません。当時装飾音は「前打音」として弾く、といいますか拍の頭の前に弾くのが一般的でしたから、この点でも古楽が意識されています。もっともピアノなのでまったくの平板ではありません。盛り上がりはありますが抑制が効いています。
フーガ:簡素な三声のフーガ。主題も短く簡潔ですが、途中から反行(音の高低が逆になる)フーガになったり8分三連符と8分音符が交差したりして、そこそこバリエーションがあります。が、やはり乾いた感じで大きな盛り上がりはなく、さらりと終わります。
フォルラーヌ:舞曲ですが、リズムは普通なんですがハーモニーというかメロディーがとても変わっているんです。Aメロですね、これが突拍子もない動きをし、伴奏とは不協和音。いきなりこの出だしを聴かされて「作曲者はラヴェル」とわかる人がいたらすごいですね。しかし続く部分では協和音が心地よく、また高音部できれいなメロディーラインを形造ります。だんだん和声が複雑になってきて、最後にはまた簡潔になるのですが、聴いたことのないような和音が楽しめます。田舎の舞曲風です。
リゴドン:こちらもやや土臭いですが元気の良い舞曲で、A-B-Aの形になっています。Aは速い部分でここへ来てようやく強奏が感じられます。和声が平行に動いたり、いきなりの転調などありますが違和感なく聞けます。Bの部分はのんびりとしていて安心して(?)聴いていられます。転調などしているのですがあまりに自然で気づかないほどです。そして再びAに戻って繰り返し、強奏で曲を閉じます。ちなみに管弦楽版ではこの曲が終曲です。
メヌエット:舞曲が続きます。大変可愛らしく始まり可愛らしく終わるのですが、私などが想像するメヌエットにしては中間部の盛り上がりが半端ありません。とてもゴツいです。楽譜を見るとメロディーが右手から左手に、また右手にと移り変わり、鍵盤をとても幅広く使用しています。私の聴いた演奏がやり過ぎだったのでしょうか?それで全体の印象は?というと非常に美しい曲です。不思議ですね。
トッカータ:高速な同音連打が特徴的です。若いころに挑戦したことがありますが「とても難しい」です。後から気が付きましたがアップライトピアノでは同音連打の速さに限界があり、(プロならピアノのせいにしないと思いますが、グランドピアノの方が同音連打の性能が良い、つまり一秒間に同じ鍵を叩ける数が多い)、非常に不利だったということです(もちろんどのみち弾けなかったですよ)。音量的にも非常にダイナミックで、PPからfff までうねりまくりますし、鍵盤も端から端まで(全部とは言いませんが)使いますので、チェンバロでは意味をなさないです。楽譜は16分音符でびっしりです。動きは速いですがメロディーが最初から第一主題、第二主題という具合にはっきりと存在し、中間には高音部に大変美しいメロディーが流れます。このメロディーが徐々に低く暗くなっていき、一瞬途切れたかと思うとそこから盛り上がっていき、再度瞬間的な間をおいて猛烈に音量が上がっていきます。第二主題が聞こえます。そして輝かしい終結へと突き進みます。最後の音を伸ばすピアニストもいますが、楽譜ではあっさりと切っています。
ラヴェルの意図にかなり忠実な演奏ではないかと思います。好感が持てます。曲数がやや少ないか。
クロスリーの音はとにかくきらびやかです。輝く音色がお好きな方に。全集です。
ロジェの弾くトッカータは高速です。ややスリリングと言ってもよいかも。
ロジェにも全集があります。「クープランの墓」の音源は同じもののようです。
「トッカータ」は比較的中庸の速さで始まります。「展覧会の絵」とのカップリングはいいですね。
評価の高い盤と言えばこちらになるでしょう。ただしなぜか曲順がバラバラです。全体の構成を考えたのでしょうか?
こうして探してみますと、今はこの曲はあまり「旬」ではないのかもしれませんね。有名どころの演奏や若手の演奏をあまり見つけることができませんでした。一通りはけたところなのでしょう。フランス・ピアノ音楽の名手ならまだまだたくさんいるはずなのですが。上記の盤はほとんどがオンラインで試聴できるので、気に入られたものがあればぜひ。
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